絵空事

 

 

小さなバッグにリップをしのばせて

お気に入りのワンピースで、

真夜中の海が見たかっただけ

 

そう言ったら君はなんて言うかな

きっと興味のなさそうな

笑顔を見せてくれるんだろうな

真夜中の海に取り憑かれたように

わたしの頭にはさざ波が寄せては返す

海、うみ、ウミ。

瞬間、わたしの身体中の

水分という水分はしょっぱい水に変わり

そしてあふれた水は、甘くて塩からい

終電なんてとっくになくなった夜更け

君が散歩しようなんて言い出した

ばかなんじゃないの、と思いながら

バッグにリップをしのばせて、

お気に入りのワンピースで

向かったわたしは乙女ですか

 

君は海のようだ

晴れた日の笑顔

真夜中にうごめく未確認生命体、

そして起き抜けの、まだ活動前の静かな時間

真夜中の海に行きたい、真夜中の君に会いたい

まだ誰にも見せたことのない、真夜中の君が永遠に

わたしだけのものであったらよかったのに

 

「おれ、めっちゃ好き」

単価の安くなった好きに少しの価値もないけれど

「わたしも」

好きなんて言葉に一ミリも意味がないなら生きる価値がない

「好き、だよ」

仕方ないから今日もひらりと紙一重

「もうそろそろ帰るかあ」

空が白んだら終わりの合図

朝帰りだからシンデレラにはなれないのかな

「そうだね」

つま先、君だけに見せる真紅の爪

君はそんなこと、ちっとも気がつかないで

私に背を向けて伸びをした

その背中と海がやけに

ノスタルジックに見えるから早朝は嫌い

砂浜を歩いたサンダルが泥まみれ、嫌い

ついでに剥げかけたネイルも

私を好きになんかならない君も、嫌い

 

本当は好きにも嫌いにも意味なんて

なかったらよかったね潮風つよいなあ

 

 

真夜中の君が永遠に、わたしだけのものであったら、

真夜中が永遠に続いたら、

朝なんか来なければ、

 

君は何処に。