東京

 

一、東京 

東京に来てからもうまる二年が経とうとしている

地元広島よりもはやいスピードで走る山手線、

慣れない構内アナウンス「JR東日本」、

たくさんの人が行き交う渋谷のスクランブル交差点、

恐れていた新宿での待ち合わせ、

あふれているおしゃれなカフェは人が多くて

カフェ難民になることもめずらしくなくて、

 

  

はやく人並みになって、

大人になりたかったはずなのに

生きるたびに何かが死んでいく

そうか、何かを犠牲にしてここにいるのね

 

いつまでも手の届かないものに焦がれている

 

 

二、映画

「夜空はいつでも最高密度の青色だ」

 

雨の降る渋谷のど真ん中の映画館で

友達と一緒に見た

映画には触れないで

「雨、すごいね」

とだけ言った

 

最果タヒの本はその中身よりも帯だった

松本隆の言葉が帯にあるなんて

贅沢だと思いながら友人と自分に

二冊買ったのを記憶している

思えば人に本を買ったのはあれが初めてかもしれない

 

松本隆がその昔、はっぴいえんどというバンドで

詞を書いたりドラムを叩いたり

していたのはもうずいぶん前のことで

今の時代東京に路面電車は見る影もなく

紙芝居屋が店を畳んだ後の狭い路地裏事情や

モンモンモコモコの夏の風景や

フィルム映画のようなざあざあ雨なんて知る由もなく

もうそこにはない手の届かない風景に

強く、焦がれていた

 

「夜空はいつでも最高密度の青色だ」

あれはきっと渋谷で見ることに意味のある映画だった

渋谷を知らない女子高生の私じゃなくてよかった

 

 

三、

「東京というタイトルの歌は名曲が多い」

とは、誰の言葉か忘れてしまったけれど

 

貴方に出会えたこの街の名前が東京なら、

結ばれないまま日々消費していく舞台の名前も東京だ

 

いくつ歌を歌っても届かないのは自分のせい

「冬が寒くてよかった」

「連れていってあげるから」

「気づいてないふりをやめて」

「ずっとなんてないのよ」

それ以上もそれ以下にも意味はないと

思い知った日に煙草を吸った

思ったよりおいしくもまずくもない

想像通りの味とそれは

完全に一致した

 

歌い始めたきっかけも

煙草を吸い始めたきっかけも

とびっきりロマンチックなのがいい

 

でも白馬の王子様なんていない

現実ってこんなもの

つまらない顔で

つまらない大人になって、

つまらない言葉をはいている

 

君へ

好きでもない煙草を吸っている間

どうしようもなく君のことばかり考えています

 

 

四、タイムカプセル

拝啓十二歳の私 二十歳の私は元気です

東京で暮らしています

今の貴方とは考えられないくらい

性格は変わっていることでしょう

緊張すると赤くなる癖や泣き虫なところは変わりません

正しいことをすることが

正しいことを言うことが

いつも正しいとは限らないことを知った時

貴方はきっと過去を消したくなるでしょう

でも今となっては失われた向こう見ずなまっすぐさ

恐れを知らない思い切りの良さが

少しだけ羨ましくもあるのです

戻りたいとは思わないけれど

貴方の人生が、これからも幸福でありますように 敬具

 

 

五、記憶

窓枠いっぱいに広がる桜、

屋内プールの温度と空気、

映画のワンシーンみたいだった、秋の空の下のベンチ、

コートと同じくらいの短さのスカート。

礼拝堂の甘い匂い、

外階段で覚えた英単語、

バッグいっぱいのお菓子、

どれもこれも記憶は上書き保存です。

思い出すたび美しくなることが、

少しだけさみしくて、かなしくて、

その気持ちが一層、

美しさに拍車をかけているのかもしれません。

 

 

 

とびっきりのハッピーエンドを

僕らはいつだって待っている。

おやすみ、続きは夢の中で。