煮るなり焼くなり

今週のお題「いい肉」

 

煮るなり焼くなり好きにして、

と身を任せたのはわたしだけど

まさか放置されるなんて思わないじゃない

そうして迎える四度目の冬も佳境

 

わたし、欲情したのはわたしだった 

幻のわたしと君と、

 

「愛を統一しなかった神様の失敗だよ」

 

神様のせいにでもしなければ

やってられなかったって

一グラムにも満たない軽い言い訳が

飛び交う軽いミントグリーン色の間柄

 

朽ちない記憶を抱えていたら

侵食されちゃって悲惨だわ

飲み込んだ言葉は体の底で

なまりみたいな色をしているし

テトラポッドの代わりに海で

有効活用するに限る、異論は認めません

 

愛にできることなんて

僕らにおいて一つもなかったね

 

優しいなんて言葉に騙された方が悪いのよ

 

こちとら生鮮なゆえに足がはやいので

「ごめんなさーい」も風の向こう 

今度はわたしが好きにする番

今日からロマンス宣言

 

かなしみは汚れてしまった

小雪も降りかかるいい感じの夜

時間は消滅して過去も未来も

お揃いを抱きしめている刹那

を、観測したのはわたしだけ

 

文句も届かないところ

思い出さなくてもいいところ

君の知らないところで全部ぜんぶ

思い出に、しちゃうんだから

 

煮るなり焼くなり好きにして

 

 

 

 

エンドロールの向こう側

 

音のない喝采にいつまでも耳をすませては

めでたしめでたし、の先を探している

繋ぎ止めた指先はどこへも行けないてのひらの中

真夜中君と歩いた渋谷センター街だけが

紛れなく世界の本物だったよ

朝の中に消滅した夜を探す明け方

喫煙所の横顔は月より綺麗で月みたく遠い

「南へバカンスしに行こうよ」

北に行くときはひとりだと決めているもの

フィルムカメラで切り取った記憶は

インスタントな思い出に早変わり

そうやってわたしも君も思い出にして行こうね

いつかの子どもがいつかの私たちに出会ったら

その時がハッピーエンドだよ

暗闇の途中で前を横切るもう二度と出会わない

人間の幸福を祈る五時間目

聞こえるはずのない喝采を浴びて

席を立ったら始まりの合図

さあ、準備はできた?

 

 

 

 

続・ロマンス詩

 

星みたく飛行機が飛ぶ明け方

厚底スニーカーとかぎなれた匂い

無理やり終わらせた煙草

火の粉が花火の終わりみたいだった

ここには思い出がひしめき合っていて

だから空ばかり見ている

 

 

座ることを想定されていない窓枠に

腰掛けて煙草をふかすとき

僕は宇宙に想いを馳せている

宇宙は僕のことを一ミリも考えてなくて

いてもいなくてもどちらでもいいという

その事実だけが存在しているから好きだ

窓をあけ放せば暗闇が滑り込んでくる

寂しさも悲しみも全て飲み込んでくれるから

安心して絶望できる、というのは

おかしいですか

 

宇宙から見れば全部一緒だよ

なんてちょっとさみしい僕ら宇宙人

 

 

傷の治りが遅いから大人

平気な顔はできるのに 

擦り傷だけがいつまでも膝に居座っている

時間なんて目に見えない

不確かなものにとらわれている

この世界の何もかもは不透明で不確かで

不確定だけれど神様、

僕はあなたと宇宙が一番近くて遠いと

思えるから人間でいて幸福だよ

 

 

 

 

 

眼差し

 

血走った眼差しに持てる限りの信頼を

余裕がないから嘘じゃない

嘘じゃないから信頼できる

 

 

穏やかな目には注意して

第六感が告げている

注意していることすらも

バレないように穏やかに

貴方も視線を返すのよ

 

 

可愛い瞳には興味のあるフリを

世間の憧れ上目遣いが最大の武器

興味がなければ非国民、なりたいフリで

生き抜くべし

 

 

そうしてわたし、本当は

凍てつく瞳を求めている

鋭くてまっすぐで希望なんかなくて

光っている美しい瞳

冷たくて熱くて綺麗な瞳

何事にもとらわれることのない

無敵の瞳を求めているの

 

 

 貴方の瞳、眼差しは。

 

 

 

 

断片綺譚

 

早朝、図書館は亡霊であふれている。

借りたい本は静かにそーっと抜き取ってね。

くもり空が湿度を上げていく

おみくじがつげる運勢

[お気に入りはカバンの底にしまうが吉。] 

 

雨が降る、教室の窓の外

まるで水槽の中にいるみたいな僕ら

「下校時間を過ぎています」

「息ができないので帰れません」

 

色とりどりの声が飛び交う校舎内で

唯一あなたの声だけは鮮明

理由は明確だけど曖昧にしておきたい

乙女は恥じらいを持っているのです

 

昇降口は蛍光灯に照らされて

妙に真昼の気分です

青い傘をさせば快晴

ピクニックと洒落込みましょう

 

歩く速度は雨粒と一緒

リズムをとってたん、とん、たん

ハナウタまじりの横顔は

君とわたしのおそろいその一

 

眩しいくらいの晴れだから

教室内は薄暗くて

ルーズリーフに綴る恋文

放課後わたしと遊びませんか

 

シャッターを切ったみたいな窓枠

もう何もかも美しく加工された過去

君が過去にいたらよかったなあ

 

音楽室は日向ぼっこ日和

眠たくなっちゃった

リコーダーのテスト

間違えたからやり直し

 

過去にはいつまでもいられないので

何度もやり直しを試みている

 

礼拝堂の甘い匂い

パイプオルガンの音にのせていた

わたしたちの祈りは

どこにいったんですか、先生。

 

 

 

 

 

夏の白昼夢

お題「思い出の味」

 

 

思い出の味、と聞くと

あなたは何を思い浮かべるのでしょう

 

私はおそらく

雨上がりに飲んだ

あのレモネード

 

一択なのです。

 

 

高校生活も半ば、17歳の私も変わらず私であったに違いありません。

忘れることのないあの日は、テストのために帰宅がとても早かったのでした。勉強が学生の本分とは言いますが、明るくてしんとした平日は非日常的であり、まっすぐ帰るなど到底できませんでした。全てが水を打ったかのような静けさ、まるで夏まで気を使って息を潜めているようで、世界で息をしているのは私とついてきた猫だけのような錯覚を覚えました。

どこからか風鈴の音がしていました。チリン、チリンという涼しげなその音は、古いこの街では耳慣れた音でしたが、妙に澄んでいて透明で、そう、海の底みたいな、

と思った時でした。

それまで青だった世界が一転して赤になりました。

不思議に思って空を見上げると、一匹の巨大な金魚が悠々とヒレを風になびかせ、その波紋が澄んでいて透明な風鈴の音を作り出したのだと、理解した時世界は海底でした。ついてきていたはずの猫が前を歩く、いえ、海底だから泳ぐと言った方が正しいのでしょうか。兎にも角にも前をゆく猫は振り返り、まっすぐとわたしを見据え「ようこそ、夏へ」と言ったのでした。

雨。雨が降っていました。海底に降りそそぐ暖かい雨。巨大な金魚はわたしには目もくれず自由自在に泳ぎ、その飛沫が雨となってわたしの元へ降っていたのでした。猫もまた、先程喋ったことなど忘れたかのように見向きもしません。ほうけているわたしをよそに毛づくろいをしています。赤くて青い、不思議な海底でした。

よくよく目を凝らして見ますと、全くの知らない海底というわけではなく街はそのまま存在しています。古い見慣れた、いつもの街に赤と青のフィルターがかけられ雨が降り、そして海底というわけなのです。 

猫がまた、こちらをちらりと見ました。「こうして夏が始まるんだよ」一言そういうとにゃーおとひと鳴き、一転して先程までの赤と青のフィルターも雨も消え、金魚ははるか遠く小さくなり、そしてわたしはいつもの街へ戻ってきました。

海底は今や跡形もなく、しかしわたしの濡れた髪や制服だけが白昼夢ではなかったということを証明していました。猫はまた、見向きもせず歩き出しました。しんとした平日の街には確かに夏が来ていて、急に日差しでさえも強くなったかのように思えました。

あれが夏だったのか。

と、思うことにしました。学生の本分は勉強です。今はテスト期間、先程まで楽しんでいた非日常も、ここにきて罪悪感を覚えてしまったのです。はっと気がつき帰ろうとしたものの家路の途中、見たことのない路地に猫が進んでいるではありませんか。わたしは好奇心を抑えることができませんでした。通ったことのない路地はいつでも魅力的なので仕方ありません。

にゃー

とまた猫が鳴きました。そこは駄菓子屋でした。カラカラの夏の街で、その駄菓子屋だけは雨に濡れたあとがありました。駄菓子屋の存在もまた、先程の夢の存在を肯定している。わたしは夢が続いていたことに半ば嬉しく思いつつ、引き戸に手を伸ばしました。

金魚です。大きさは違うものの先程の巨大金魚と同じ、鮮やかな赤い金魚がバスケットボールくらいの金魚鉢の中を悠々と泳いでいるではありませんか。猫は金魚を横目に、店内の干物を咥えてこちらを見ました。「好きなものをとるといい」と言いたげな、いえ、わたしに猫の言葉の心得はないのですが、どうやらそういうことのようでした。

わたしはぐるりと店内を見渡して見ました。普通の駄菓子屋のようでした。ずらりと並ぶお菓子、おもちゃ、ジュース、ただ一つ違うのは店主が金魚鉢の住人ということだけでした。一際目を引いたそれにわたしは手を伸ばしました。そう、それこそがしゅわしゅわと炭酸が涼やかに音を立てる、あのレモネードだったのです。

駄菓子屋を出て路地をすり抜けると猫は消えてしまいました。振り向くと路地裏がどこにあったのかもわからなくなりました。白昼夢の痕跡は、乾きかけた髪と制服、そして右手のレモネードのみでした。

思い出したように携帯を取り出しました。どうしてあの美しい海底を、金魚を、路地裏を、猫をカメラに写そうとしなかったのでしょう。悔やみつつ右手のレモネードにピントを合わせシャッターを切りました。学生の本分は勉強です。今度こそ帰って勉強し、明日のテストに備えなければ。携帯をポケットにしまい、水滴を落としながら歩いて帰りました。

 

水滴はあの雨と同じ、優しくて暖かく

そしてレモネードは夏の味がしたのでした。 

 

 

 

秋と生命

 

空気の中にひんやりが

ひっそりと溶け込んでいる

秋だから、秋だからね

 

足取りが軽くなるセール

開催中ですよろしくどうぞ

歩くの楽しい

月が綺麗で君が好き

秋だから、秋だからね

 

月に叢雲花に風

雨降る夜もるんたった

秋だから、秋だからね

季節の変わり目

心が浮き足立っている

大丈夫、まだわたし

生きているよ